僕の目の前に、傘のオバケがいる。
オバケは傘を半分ほど拡げて、自分の身体を包む程度の幅にしていた。
きっと前が見えないのだろう。
傘のオバケはフラフラと動くから、僕はそこを通り過ぎる事が出来ない。
傘のオバケの隣に男がいる。
「しっかりと傘を開いた方が良い」と男はオバケに注告する。
『この傘は大きいから、しっかり開いたら人が通れなくなる』と小さな声でオバケは答える。
「それならやめなさい」と男が優しく言うと、傘のオバケは大きな通りへと向かい傘を拡げた。
鮮やかなサーモンピンクの裏地には極彩色のペイズリー柄が泳いでいる。
僕は散策の続きに取り掛かる。
僕は日傘なんてした事がないなって思った。
高校生の頃、僕は海の家で働いていた。
僕は太陽と仲良しだったから、色の禿げたパラソルの下に居るのがあまり好きじゃなかった。
僕の肌は日に日に黒く染まる。
あの頃から僕の肌は太陽の光を浴びると直ぐに黒く染まる様になった。
季節も関係なく。いつまでも褐色。
いまでもそうだ。それは変わらない。
陽射しが失せて海の家を閉める。
あの頃、家へ帰る度に僕は海を眺めていた。
時には海に体を落とした。
何を考えていたのか分からないし、どうしてそうしていたかも分からない。
長いと真夜中まで海に居た。
僕はあの頃から、夜と仲良くなった。
そして、それは今でも続いている。
でも、あの夜と今の夜は違う。
あの頃の太陽と今の太陽も違うけれど。
ああ、ふと思った。
あの夜は大きな日傘だ。
あの頃の夜が懐かしい。
あの夜はとても優しかった。

P.S
傘のお化けと太陽が好きな男、夜はその男に優しかった。