僕達は丸一日をかけて泳ぎ続ける事にした。泳ぎ続けるという言い方は少し間違っている。泳ぎ続ける事が出来る場所に居続けることにした。
彼女のお気に入りの水槽は、どの水槽よりも深かった。水槽の大きさは3番目くらい。どの水槽よりも水の色が淡かった。だからってそれがどうのこうの意味があるわけでもない。彼女がそこに居る事を認めるのに助かるくらいだ。
僕はお気に入りの水槽を選んだりはしない。だから、そこにある水槽の幾つかに紛れ込むことにしたり、時々は彼女の水槽にも身体を落とした。僕は彼女との会話を求めていた。でもそれ以上に体を寄せ合う事の方が必要だと考えていた。彼女が泳ぐのをやめるまで、僕らは色々と寄せ合う事が出来ない。僕はノートルダムの大泥棒やら、負け知らずの海賊船長やらが泳ぐ水槽にも居たけれど、彼らに興味を抱く間も無い。彼女の薄い体が深い水槽の淵でもたれ掛かるのを願うばかりだった。
愛している事を認めてしまう代わりに、僕は彼女を愛そうと決めた。美しい腰骨を愛しかけていると彼女に伝えなくてはいけない。「ノートルダムの大泥棒が薔薇の一輪もくれやしない」と彼女に話す必要がある。でも、それ以上彼女に伝える言葉は何も無い。水槽の淵に彼女がもたれ掛かるなら、その後には何も。
